8:58

民家の先を左折

 ここのところ天気が安定せず、暫く山歩きも行きそびれていたが、今日の予報では珍しく一日静かなようなので、久しぶりに出かけることにした。場所は以前同窓会で行った事がある鐘撞堂山、今回のコースはこの時とは違って 新ハイキング の09年03月号掲載の用土駅から歩いてJA深谷直売所に下りるルートを忠実に歩き、途中用土城跡と正龍寺を訪ねる予定だ。

090305 用土駅〜鐘撞堂山

断面図へ

 東上線川越市駅から乗車、小川町駅で八高線に乗り換えた。
八高線は随分とひさし振りの乗車だ。対面座席の着いたレトロ風の列車でドアの脇に押しボタンがついている。
 ドアーに貼られた説明書きを読むとワンマン列車の場合で、駅員不在駅の場合運転席のすぐ後ろのドアー以外は開かないという・・・用土駅は・・・?と車内に張られた路線案内を見ると駅員不在駅であった。
 その2点を確認した私は慌てて先頭車両に移り運転席のそばで、駅への到着を待っていた。随分とこの世に生まれてから長い間電車に乗ってきたが、ほとんどが普通の通勤列車で、このような但し書きの書かれた列車に乗った経験が無い。
 果たして私が下りる時にこのボタンを押せば何事も無くドアーが開いて降車することが出来るだろうか・・・?。そんな言われも無い不安が私の心を覆っていた。
 乗り換えて4つ目の駅が用土駅で、時間にして20分ほどで到着した。すると5〜6人の人がそそくさと下車したので、何のことは無い私もその中の何番目かに何事も無く降車することが出来た。
 そして乗り越しの清算をしようとしたが、どこにも清算機が無い。無人駅だから当然駅員は居ないし、どうしよう・・・困った。後から降りて来た人を捕まえて聞いたら、車内で車掌に清算してもらうのだという・・今更車内に戻るわけにもいかず、結局JRの人には悪いが、そのまま小川町までの切符を回収箱に入れて無人改札を出た。ゴメンナサ〜イ。
 もう一つ思い出したが、運転席の後ろには、〔運転士に運転中声をかけないでください!!〕という張り紙があった。ところで車内に車掌はいたのかなぁ〜・・。

 

用土駅

8:22

 用土駅を出てからやや左前方を覘くと、用土駅入り口の信号が見える。この信号を渡って歩いていく。真っ青な空が心地よい。農家の庭先は梅が満開になっていて美しい。左に畑が続き小高い岡のようなものが見えた。あの辺が用土城跡かな〜と思いながら歩いていくとやがて広い国道に出た。
 ここを左折して左を見ていくと未舗装の農道らしき道があったので、上がっていく。ひだりになまこ壁の立派な建物が見えてきた。屋根にはしゃちほこの様な物があって私にはここがお城に見えた。
 実はこの向かい側が小さな公園になっていて用土城跡の大きな石碑があった。公園には小さな祠や滑り台やブランコ、鉄棒などが有って孫を遊ばせるにはちょうど良さそうだ。しかしもしこの石碑がなかったらどう見てもは城跡には見えないであろう。

梅が満開

なまこ壁の家

小さな祠

8:30

国道254の信号

8:35

8:40

用土城跡の石碑

 小高い丘に戻って辺りを見回してみた。その景色は建物や電線などの建造物を除けば、花園城主藤田泰邦が晩年移り住んだというその時代とさほど変わらないのかもしれない。何となくその時代に思いを馳せることが出来たような気がして、パノラマ写真を一枚撮影した

 戦乱の世この近くでは、いくつかの争いが繰り広げられたという、その時代に生きた人たちの暮らしぶりや、当時のたたずまいはどうだったのかその時代に思いを巡らせながら、先を行くことにした。

 254号国道の信号まで戻り、国道を渡って民家の間を行くと
造園会社の看板があったので、ここを右折やがてため池とため池の間を行くようになって広い通りに出た。ここを右に曲がって上がって行くと左にはホンダのグラウンドがある。
 といっても野球が出来るほどの大きさではなく、せいぜいテニスかソフトボール程度であろうか。ここを左に見ながら行くと右側に民家が三軒ほど並んだ先で、道が二手に分かれていた。
 ここは左に道をとり歩いていくとまもなく〔鐘撞堂山展望コース〕の標識が有った。これが始めての道標でここまでは全く標識が無いので、このページの説明の通り歩く以外はないであろう。
 やっとここから山道だ。道標では直進方向も〔鐘撞堂山〕となっているがここは左に入っていく。直進しても鐘撞堂山には出るのだろうが・・・。

8:49

造園会社の看板を右折

始めての標識

9:01

 廃屋の前から竹林を抜けると、コンクリートの貯水槽のような物が右に三つ位あって、その先の丸木橋を左にカーブしながら渡ると、登りが始まった。
 徐々にきつい登りになってきてピークを3つほど超えたろうか〔谷津池、鐘撞堂山950m〕を左右に示す標識が有った。さらに小さなピークをいくつか越えた頃〔鐘撞堂山250m〕の道標が・・・。ここで円良田の集落へ下る道を右に分けて左に曲がって行く。
 杉やヒノキの薄暗い植林帯を抜けると、左前方に山頂が見えてきた。昔子供の頃に見たチャンバラ映画の砦のように見える。鉢形城の物見の役を果たしていたといわれる戦国時代、実際に敵の来襲を見つけたらどうやってそれを知らせたのだろうか?。携帯電話もトランシーバーも無いその時代は・・・伝令を飛ばすか、狼煙を上げるかのどちらかだろうな・・・とか思いながら歩いているうちに山頂に着きました。


 そこには展望台とあずま屋が有って、展望台の前は風をさえぎって日当たりが良くなんとも言えず心地よい。ベンチも何基か置かれている。そして梅ノ木が一本あって満開に咲いていました。
 ここの説明盤によると 〔天正年間の頃は総勢20名の鐘打ちが居て敵襲来の折には鐘から鐘へ信号が伝達されて隣接諸城が非常事態体制になる仕組みになっていた〕 とのことである。それにしても鐘撞きだけで20人とは・・・有給対応とか病欠対応とか色々あるだろうが、少し多すぎるような気がする。もしかして当時も今の世の中のようにワークシェアリングの考えみたいなのがあったのだろうか?。
 山頂にはすでに先客者が一名居てあずま屋の前で休憩していた。八幡尾根を登って来たのだという。聞くと花園の人でよくここには来るらしく、いろんなコースやここからの眺めについて説明してくれた。最近勝手に伐採されて自然でない植栽が植えられていることを嘆いていた。つつじはまだ良いにしても水仙まで植えられているとの事である。 そんな話をしているうちに三々五々地元のお年寄り達が登ってきた。互いに世間話や健康の話などしていたから顔見知りのようである。休憩しながらパノラマ写真を2枚撮ったので見てください。外秩父から奥多摩方面、上州、信州の山々も見渡せました。

 山頂からのパノラマ写真その1、 その2

9:05

竹林

9:07

貯水槽?

9:07

丸木橋

山頂が見えた

9:41

〔撞鐘堂山250m〕   の標識

9:38

〔谷津池、鐘撞堂山    950m〕の標識

9:21

10:30

高根山山頂

 のんびりと日向ぼっこをしてから山頂を後に・・・円良田湖方面を目指して急な階段を下って行った。階段を下りきった先に標柱があって大正池方面へ下って行く。杉林を抜けて露岩の道を下って行くと、標柱があった。ここは大正池への道と分かれて右へ高根山へと上がる道にはいる。上り下りを何回か繰り返しているうちに高根山についた。ベンチが一基置かれていてケルンが積まれている。
 ここで小休止をした後左にカーブした急坂を下って行く。樹間越しにさっきまで居た鐘撞堂山が見えている。大正寺への道を左に見送り右へカーブしながら下って行くと、〔直売所、寄居駅〕の標柱があって、ここで尾根と分かれて山腹の斜面を行く。
 しばらく行くと二つ目の〔直売所、寄居駅〕の標柱があったのでここを右に下って行くと住宅地に出た。

 ここから簡易舗装された道を右に行けば正龍寺へ出るはずなので、少し行って見たが寺らしき物は見えず、諦めて駅の方角へ少し下りかけた。そしてもう一度振り返って見たら、上の方に寺らしき建物が見えたので、気を取り直してもう一度上がって行った。
 するとさっきの下山口にはちゃんとした標識が有って、正龍寺の方角を示している。たださっきは下山側から見たので、裏になって標識の文字がが見えなかっただけのようだ。

 下山口の標柱を直進(下山側からは右折)して道なりに行くと正龍寺が有った。
こじんまりとしているが中々風格のあるつくりでいかにも由緒あるお寺に見える。
 立派な造りの仁王門をくぐって中に入るとこれまた立派な鐘楼宝篋印塔(ほうきょういんとう)があって、この寺の説明板があった。
 その説明文によると 〔この寺の開基は花園城主藤田泰邦で、その昔あたり一面がカヤトの原であった頃、池に龍が住んでいたが、乾翁端元という臨済宗の僧侶が教化しこの地を開いてこの寺を建立した。その後曹洞宗となった〕 というような意味の事がかかれてあった。

 また花園城主藤田泰邦夫妻の墓と、鉢形城主北条氏邦夫妻の墓がこの上にあって、そのほか国や県、町の文化財がこの寺にあるという。それらの見学は次の機会にゆづることにしてとりえずこの寺を後にした。

正龍寺仁王門

物見櫓(展望台)

9:45

山頂の梅

11:05

11:02

正龍寺が見えた

11:12

下山口の標識

今日のまとめ
 川越市駅発7:20-(東武東上線・八高線)−用土駅着8:19
 用土駅発8:20-用土城跡8:40-展望コース登山口9:01ー鐘撞堂山9:45〜10:00ー高根山10:30-下山口10:50-正龍寺11:05〜11:15-
 寄居駅11:32
 寄居駅発11:38-東武東上線ー川越市駅着12:33

   総行動時間は3:12でした。

HOME

 下山口の標柱のところに戻り、国道140号線に出てJA直売所の前を通過、歩道橋の先の信号を右に入った。クリニックの角を左折体育館の先で右に曲がって行くと立派な寄居役場の建物があってその左隣が寄居駅であった。

 階段を上がって時刻表を見ると12:38分の小川町行きが有った。考えてみればヒルメシがまだであったが、途中車内で食べても良いや・・・という事で電車に乗ったのだが、結局今朝買った握り飯はそのまま家に持ち帰ることになった。

11:31

寄居駅の風景

 私も長いこと山歩きをしているが今回のように、帰宅してから昼飯を食べたことは無い。 初めての経験であった。
 しかし今日の歩きがつまらなかったか・・・?といえば決してそんなことは無くて、距離は短くてもむしろ変化があってとても面白かったのです。

 それからもうひとつエピソードを書けば、帰宅して山で残った握り飯を食べて、山靴を洗ってから風呂に入っていたら、丁度その時女房が買い物から帰ってきた。てっきり泥棒が入った物と勘違いした女房は抜き足差し足で、そぉ〜っと風呂場を確認したが、そこに自分の亭主がのんびり風呂に浸かっていたので、最高にビ〜ックリしたと言ってました。
 それもそのはずで山に行ってるはずの亭主がこんなに早く帰ってくる事は今まで一度も無かったし、帰ってれば玄関にあるはずの山靴も、洗ってしまったのでベランダに干して有ったのだから・・・。

 風呂から出てその話を聞いて大笑いであった。