みっちゃん・・・・・いわき弁もいいもんだ
フラガール物語



思い入れが有り余っている香織さん興奮しています

熱い雰囲気で帰る観客・・・・・

 映画作品で見るハワイアン芸能史と、磐城炭坑史から見た実際の歴史とはすこし違う面もあったようです。果敢な創造力が働いた「いわき」は、破綻した北海道の炭坑の町と対照的に見えます。炭坑の男達も懸命に転身を図った、炭坑の町の存在意義をかけた戦い・・・・このあたりに学ぶ事が多いと思います。
  
    




中央が蒼井さんの演じた、小野恵美子さん97年には教官に就任された。
  昭和30年代の福島県いわき市は、本州最大の規模を誇った常磐炭田があり、採掘された石炭は京浜工業地帯に送られ、日本経済を支えていた。しかしエネルギーは石油へと需要が変化をし、石炭産業が衰退する。昭和40年、次々と閉山に追い込まれた。危機的状況の中、炭鉱で働く人々は町の暮らしを変えようと立ち上がった。日本で初めてのテーマパーク・・・・副社長のアイデアの元、少女達は腰蓑をつけ当時誰も見たことがなかったハワイアンダンス〜フラダンス〜を踊り始めた。彼女達の人生のために、家族のために、そしてまちのために。その踊りが一大ムーブメントを巻き起こしてゆく。年間百五十万人が訪れるリゾート地に変ぼうした「常磐ハワイアンセンター」のオープンまでの実話を背景に、東京からやって来たダンス教師と、炭鉱の娘たちとの友情と、人間再生のドラマを通して”生命の輝き”を描写する。
  新進気鋭の監督、李相日。主演は松雪泰子。地元の男を豊川悦司、高橋克実、三宅弘城。
吉本部長(中村豊の部下)役・岸部一徳。母役を富司純子。炭鉱に咲く花を蒼井優。南海キャンディーズ・しずちゃんこと山崎静代ほか総勢20名。
 この物語は、華やかなフラガールを中心にしているが、センターの受付係・接客係・バンドマンなど、すべての従業員が元炭鉱夫で、彼らもフラガールと同様に猛特訓を行った・・・・・。

 常磐地域は、東北地方でも降雪が少なく、比較的温暖な地域で、古くから常磐湯本温泉を抱える保養地として発展した。江戸期以前から、この地には炭鉱が存在し、昭和になって需要が拡大すると、「黒いダイヤ」として常磐炭田は炭鉱住宅が立ち並び、町は栄えるようになった。しかし、1960年代になると「石炭から石油へ」とエネルギー事情が変わる。石炭採掘がコスト的に採算割れとなった。1970年代に完全閉山した。
 閉山による離職者の雇用先確保の対策としてプロジェクトが進められたものの、立ち上げる前から社内でも先行きを疑問視する声が強く、炭鉱の最前線にいた社員たちの転身にも根強い反対もあり「10年続けば御の字」という悲観的な見方すらあった。最終的には当時の常磐湯本温泉観光社長(常磐炭鉱副社長兼務、後に社長)の中村豊が押し切る形で事業を進めた。
 閉山跡地には常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)が建設され「常磐ハワイ」として人気を誇った。開業前の悲観論を尻目に、大型温水プールを中心にした高級レジャー施設として、1970年代には東京方面から多くの観光客を集めた。特にホテルは1泊3万円以上と、当時では破格の料金が設定された。高度経済成長を遂げる日本は海外旅行が自由化されたものの、庶民にとって海外旅行は高嶺の花という時代であり、手軽に雰囲気を楽しめることなどから人気リゾート施設となった。現在は年間利用者数150万人
 現在のいわき市役所常磐支所は、1959年に常磐市役所として落成した建物で、1966年いわき市制施行とともに常磐支所となっている。

 1889年 - 町村制施行により、湯本村と磐崎村が発足。
 1923年 - 湯本村が町制施行し湯本町となる。
 1954年 - 湯本町が磐崎村を編入、市制施行・改称し常磐市となる。
 1966年10月1日 - 大規模合併により、いわき市の一部となる。
 旧常磐市域はいわき市常磐となる。

1883 明治16年    磐城炭礦株式会社創立
1890 明治28年    入山採炭株式会社創立
1944 昭和19年    磐城炭礦株式会社と入山採炭株式会社の両社合併
1949 昭和24年    東京証券取引所 上場
1946 昭和39年    常磐湯本温泉観光株式会社設立
1966 昭和41年    常磐ハワイアンセンター(現「スパリゾートハワイアンズ」)
                         営業開始(常磐湯本温泉観光株式会社)
1985 昭和60年    常磐炭礦株式会社は茨城地区の終掘をもって事業を廃止
1990 平成 2年    名称を「スパリゾートハワイアンズ」と変更
                        「スプリングパーク」オープン


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